2009-11

岩倉使節団

NHK「そのとき歴史が動いた」の昨日の放送は「岩倉使節団」だった。

「岩倉使節団」とは明治新政府になってすぐの明治4年。岩倉具視、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文ら、政府要人・総勢46名が1年10か月にわたって欧米12か国を視察した遣欧使節団のことである。

番組では訪問国であるアメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツなどでの見聞の様子を検証していた。私ゃ夜勤から帰宅して見たので途中からだった。

イギリスは産業革命後、マニュファクチャリングとか世界の工場といわれるほど発展したエネルギッシュな時代だった。大久保利通も
「イギリスでは どこに行っても資源と呼べるものはほとんどない。ただ石炭と鉄があるくらいだ。製作品はみな他国より輸入してこれを他国へ輸出している。イギリスの豊かな富の理由が良く分かった」と日本の貿易立国を示唆する感想を残している。

しかしその一方で町の一歩裏へ回ると、繁栄から取り残された浮浪者の群れが存在していた。そのため、かの大久保も
「自分は江戸幕府を倒して天皇の政治になそうと考えその事業もほぼ成った。しかしあとはどうも困る。・・・(中略)・・・我々はこんな進歩の世には適しない。文明社会にはまったく辟易(へきえき)する」と述べているそうである。

つまり資本主義の歪みが当時から出ていたわけである。我々が教科書で習ったとき(昭和40年代)にはそんなことは書いてあったかなあ???イギリスといえば「ゆりかごから墓場まで」という社会保障がしっかりしている国という位置づけだったと思う。しかしそういったシステムから経済力が停滞していた(イギリス病といわれたと思う)ため鉄の女・マーガレット・サッチャーがサッチャー改革を行ったと記憶している。

だとすると歴史は繰り返すというか、経済発展がかえって貧富の差を生み出すことになるのは洋の東西を問わないんだなあ。ソ連崩壊当時には社会共産主義の敗北なんて認識が支配していたけれど、1929年の世界大恐慌も資本主義の危うさがもたらしたものだった。今回のサブプライムローンの破綻に始まる恐慌も富の偏在、一極集中砂上の楼閣であるのを露呈した出来事である。

またドイツ宰相・ビスマルクが使節団に語った言葉
「大国は自分に利益がある場合は国際法に従うが ひとたび不利とみればたちまち軍事力にものをいわせてくる。・・・(中略)・・・お互いが侵略せずに主権を守りあう公明正大な国際社会が実現するからだ。」
も非常に含蓄のある言葉である。だからこそ日本はアメリカにしっぽを振り続けるているし、自衛隊のささやかな防衛予算に中国が軍国主義復活などと言ってくるのだ。

ちょっと散文的になったけれど、こういう番組は温故知新にしなければ意味がない。過去に学んで現在に生かすことだね。


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コメント

昨日だかの芸能ニュースに、
その時・・・が今春で終了だとか

琵琶湖の鳥人間コンテストが今年は開催できないとか
「お金のかかる」良心的な番組がなくなってゆくのはさびしいね。
 もっとも、鳥人間が良心的かどうかは意見が分かれるかもしれないけど。

えっ!
その時・・・は今春で終了ですか?
ええ番組つくってないとDVDやビデオ・オン・デマンドも売れないよ。

鳥人間もかい?寂しいねえ・・・

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窓際銀行員・峠おやじの「ぼやき日誌」。自転車で弐千峠を達成した不良中年。

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