2009-11

産科医という現場

福島県大熊町の県立大野病院で2004年に帝王切開で出産した女性が手術中に死亡した件で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医に対し、福島地裁は無罪を言い渡した(読売新聞より)

実際にこのニュースには接していたのだろうが、よく覚えていない。2004年の12月の出来事に対し、2006年2月の逮捕だというからマスコミも「また起きた医療事故」「産婦人科に捜査のメス」な〜んて調子に乗った報道だったのではないだろうか?

判決要旨などから感ずるところは稀な事例に対する医療行為であること。それを臨床事例も検証することなく医学書の一学説を根拠にミスと決めつけ、それを理由に逮捕した誤認逮捕と思われる。そして捜査情報をリークして医師の逮捕シーンをマスコミ監視のもとで行った警察のスタンドプレーであろう。

この事件(逮捕)によって産科医のリスクの高さが再認識され、全国的に産科医の廃業が広まり、ただでさえも低かった出生率をさらに低下させる要因にもなった。その点でも警察が叩かれるのは仕方がない。

もちろん決定的に医療知識と情報が不足している患者の死亡に際し、遺族が十分な説明を得られないと納得できない心情はわかる。しかし、患者側と医師とは信頼関係がないと成り立たない。信じていれば鼻くそでも薬になるし、快方に向かうのである。

本当にこの医者は説明責任を果たしてなかったのか?先輩医師が手術の危険性を指摘したというのは本当なのか?助産師が被告に態勢の整った病院で手術するよう勧めたなんてのは本当なのか?あとからでは何とでも言える。周りがひとつの選択枝としてふと思ったことにどうしても納得しない患者側が飛びついたのではないか?

手前みその話で申し訳ないが、私の勤務場所はトップも帰った夜が本格的な仕事となる部署である。したがって想定外の出来事にはその場その場の判断をしなくてはならない。もちろん最終的にはトップに連絡をとって指示を仰ぐことになるのだが、通常は自分たちで判断することになる。そういう場合そのとき最善と思った処理をする。そのとき最善と思っても後から考えると別の策が出てくることもある。でも、それは結果論で初めからすんなり出てくれば苦労もしない。

現場なんてそんなものである。ふつうはその場のその場の判断で最善を尽くしているのである。それに対して後からアレコレ言うのはしょせん結果論であり、後出しじゃんけんなのだ。信じてこそ救われる医療なのに信じなかったら助かる者も助からない。

もちろん注射針の使い回しや点滴の作り置きのような怠慢や医療器具やガーゼなどの摘出忘れといった単純ミスは糾弾されるべきであるが、マスコミも警察の流す情報を鵜呑みにしたり、センセーショナルな記事欲しさに独断専行したり、「クリスマスを一緒に迎えたかったのに」などというお涙頂戴記事はやめてほしい。

何にしてもこれで産科医の減少に歯止めがかかれば嬉しいことである。


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