徳島県美馬市脇町は吉野川北岸にあって撫養街道と讃岐への街道が交差する交通の要衝で、舟運の利用にも適している。

そのため室町時代から脇城の城下町として始まり、江戸時代に藍の集散地として発展した。現在は明治時代頃のものを中心として江戸中期~昭和初期の85棟の伝統的建造物が建ち並んでおり、近世・近代の景観がそのまま残されている。



上の写真は桝形の夜と朝。桝形とはクランク状に曲げた場所や構造物で、敵の進軍を鈍らせるためのもの。江戸時代以前の街道やお城に付き物の設備である。手前の建物にはうだつが上がっている。

下の写真もここの代表的な町並みで、うだつの上がった建物が並んでいる。



そして、ここ脇町の凄いところは、古い建物を土産物屋や飲食店にするのは当たり前、さらに図書館や道の駅にまで転用していることである。もちろん薄暗いライトアップも含めてね。

下の写真、1・2枚目は2階に虫籠窓(むしこまど、格子が虫籠のように見える)がある建物。喫茶・雑貨・産直店に転用されている。3枚目は明治4年の郵便創始期の書状集箱(ポスト)と同じ形のもの。今も現役とのこと。4・5枚目は農業倉庫・脇町図書館として転用されている旧武田呉服店。6枚目は道の駅に転用された蔵。



冒頭でも紹介したように吉野川の舟運を利用して集散地として発展したわけで、その名残が下の写真である。うだつの町並みまでの道が段々になっている。つまり小規模な河岸段丘もしくは自然堤防のような地形に発達した町ということになろう。

こういう高低差などブラタモリによく出てくるフレーズだよね(^^ゞ





農業倉庫の壁にあった案内板(画像をクリックすると大きな画像が見られます)である。

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[2015/11/09 00:00] 旅行 | TB(0) | CM(0)

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