鶴山と鷺山については、鶴山と鷺山Ⅱでも取り上げましたので、皆さまにはかなりご理解いただけたかと思います。しかし、鶴山からの展望は紹介していません。実際に斉藤道三が布陣したとき、相手方・義龍のいる稲葉山がどう見えたか、道三の隠居城・鷺山がどの位置にあるかなど、もう少し掘り下げてみましょう。

鶴山に登るには眉山と鶴山の鞍部にある才峠(西峠)から登るのが近道に思えます。しかし実際に登った人の手記を見ましても、鶴山頂上への登山道はありません。

鶴山の南側の麓付近は宅地分譲によって団地が形成されてます。その団地に登ると展望が開けますので、登ってみました。団地の西側からは急坂ではあるものの東側より緩い傾斜です。左の写真の後ろに見える山が鶴山です。そして右の写真が団地の一番高いところから見える稲葉山(金華山)です。



左の写真は団地の一番高いところから見える鷺山です。かなりズームしてあります。この稲葉山と鷺山を一緒に入れた写真は後で紹介します。右の写真はその場で振り返ると見える鶴山です。



左の写真は団地から下りていくところで、正面に稲葉山が見えます。右の写真は鶴山の足元を流れる鳥羽川を渡ったところから写した鶴山です。2枚の写真に写っているお家の裏あたりが少し前までサギのコロニーになっていました。



最後に稲葉山と鷺山を一緒に入れた写真です。左手前の麓に上土居郵政宿舎が見えます。思いのほか鷺山が小さいですね。所詮この程度の大きさですから稲葉山(金華山)と較べるとどうしようもなく非力です。道三が大桑にいったん逃げたのも頷けます。



道三は山頂に陣取ったのでしょうか?
たぶんそうでしょう。稲葉山や鷺山はおろか大桑への街道筋も見張れます。ですから才峠側から登って山頂に陣取ったと思われます。しかし陣払いして長良川の戦いに出てきたときは平野側の郵政宿舎方面へ下りてきたことでしょう。敵の動向を監視しながら動く方が得策ですから。


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[2012/07/24 01:25] 歴史 | TB(0) | CM(2)

岐阜市の山は、金華山と百々ケ峯しか知りませんでした。
鶴山と鷺山を次にそちらに行ったとき、探します。
鷺山とは地名で、山もあるとは思わなかったです。
長く岐阜を離れていたせいかもしれません。
今回の写真はとても参考になります。
郵政団地も初耳です。
[2012/07/24 08:22] matsubara [ 編集 ]

鶴山団地でした m(_._)m

おはようございます。
改めてゼンリンの地図を見てみましたら、写真を写した辺りは鶴山団地と記されています。
麓に見えるアパートは「上土居郵政宿舎」でした。訂正しておきます m(_._)m

鷺山は地名と同時に実際の山名ですね。
http://tougeoyaji.blog87.fc2.com/blog-entry-840.html
ここ鶴山も字名にあります。
http://www.city.gifu.lg.jp/c/Files/1/40125937/attach/beppyou1.pdf
「急傾斜崩壊危険箇所(自然斜面Ⅰ)の52番」です。
同じ表に才峠も載ってました。
「土石流危険区域(Ⅰ)の42番」です。
[2012/07/24 10:18] ナワ~ルド@峠おやじ [ 編集 ]

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