私のトレーニングコースにある小さな峠に名前があることが判明しました\(^o^)/ 

この日曜日に食事会をした後、母が不要になったからと古いゼンリンの地図をくれました。うちは両親が商売をしていた関係上、ゼンリンの住宅地図がありました。今回くれたのは1992年版でした。20年前のものでも地形などそう変わってはいません。そして何とはなしに眺めていたら、いつものトレーニングコースに峠の表記を見つけてしまいました(^^ゞ

見にくいですけど、下がその画像です。
ゼンリンの地図画像

才峠と西峠という表記がありますね。ふつうだったら単なる地名と思うのですけど、地形的にも完璧な峠ですし、これはここに住んでいる人に確かめるしかないと思いました。

ただ不安材料はこの峠は東海自然歩道になっているのですけど、峠から下りて、石谷へと越える峠も同じ才峠なのです(5月のブログ記事

で、実際に椿洞側の人にまず確かめました。ゼンリンの地図で住所を見たという前提を示してから、
「ここの峠はなんて言うのですか?」「ええと、なんだっけ?」隣の母親にも確かめてます。「そう、さいとうげ」

そこへ追い打ちをかけます。「東海自然歩道で石谷に抜ける峠も才峠って言うのですがねえ。」「あ、そう。でもここも『さいとうげ』ですよ」

「そうですか。それと岩崎側にも西の峠って表記が・・・あっ!『西峠』と書いて『さいとうげ』って読ませるのですね。ありがとうございました」この問答で殆ど答えが出ちゃいました。念のために周囲を回ってこういう看板を見つけました。




しかし、反対側の岩崎の西峠というのも確認してみる必要がありますので、岩崎側の住人にも確かめました。
「ここの峠はなんと言うのですか?」
「『さいとうげ』やよ」
「『西峠』と書いて『さいとうげ』と読ますんですね」
「そうそう」「ありがとうございました」

というわけで才峠(西峠)です。よく確かめませんでしたが、観音さまがいてはりますぅ。



それからもっと重要なことを書きましょう。
この峠は眉山と鶴山の間の鞍部にあります。眉山と鶴山。つい1週間前の記事ですね。斉藤道三が布陣した山・鶴山って。下の写真は椿洞側からその眉山・才峠(西峠)・鶴山・金華山を一枚の写真に収めたものです。

眉山・才峠(西峠)・鶴山・金華山

ということで、積年の疑問が解消しました。峠ひとつゲットです\(^o^)/


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[2012/07/18 00:27] | TB(0) | CM(2)

長良川の川向こうは殆ど知りませんので
どれも興味深い内容です。
鶴山も才峠もはじめて聞きます。

岐南町近くの笠松町にも
米野の戦いの跡という遺跡があります。
もう、自転車で来られていると
思いますが・・・
関ヶ原の戦いの前哨戦の
あったところです。
[2012/07/18 09:05] matsubara [ 編集 ]

御鮨街道

matsubaraさん、いつもありがとうございます。
私も鶴山については岐阜新聞の記事で最近知りましたので、同じようなものです(^^ゞ

笠松の米野の戦いは東軍の木曽川渡河後の戦いのようですね。おぼろげに知ってるだけで、訪れたことはありません。笠松は御鮨街道を辿ったときに、町中を探索しました。
http://www.yuugao.jp/tougeoyaji/osusikaidou2.htm
結構古いものがあるなあと感心しました。
[2012/07/18 20:02] ナワ~ルド@峠おやじ [ 編集 ]

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