お読みくださる前にランキング・アップにご協力くださると嬉しいです

2011年3月11日は東日本大震災が起きた日でした。早いもので1年が経ってしまいました。1年前はちょうど木曜日でしたか、私たちは夜勤の仕事を始める前に休憩室で時間待ちをしていました。その14時46分。1人の人が「なんか揺れとるなあ?」とつぶやいたのが始まりでした。テレビを点けると東北で大地震というところまでは把握しました。その後仕事を始めたため、後の大津波のことは夕食時に戦慄とともに見た次第です。

この1年間原発を含め、色々なことがありました。1年経つのでと思っていた昨日、布教活動をしている人たちがおいでになりました。家の仕事をしていたので時間を取られてもつまらないので当たり障りのないことを答えてお引き取り願いました。

そこで置いていった冊子の表紙を眺めて愕然としました。津波で根こそぎやられた町とそれを悲しそうに見る親子という写真が表紙になっています。そしてその下に書かれた文字は
「自然災害 天罰なのか」



宗教関係者が使いそうなフレーズです。石原都知事も震災後に天罰という言葉を使いました。確かに自然災害は人智の及ばないところではあります。そして天災という言葉もあります。それでは何に対する天罰でしょうか?知事は「津波をうまく利用して『我欲』を洗い落とす必要がある」と述べました。

我欲ですか?表現はともかく色んなものがあるでしょう。しかし知事も言ってますけど、天罰といえども落ちなくてもいいところにまで落ちるから困るのです。因果応報なら納得できても無作為かつ善意無過失な人も関係なく犠牲になってます。

私ゃ原罪意識は持ってます。私という存在そのものが悪という考え方です。ある意味自虐思考ですから詳しくは語りません。そう考えればいつ天災で死んでもおかしくないですし、仕方ないと思えます。しかし天災を天罰と考えるのはちと過激だと思います。あまつさえ神の意思などとすり替えを行うのは傲慢としか言いようがありません。

さすがにこの冊子には神の意思とは書いてありません。賢いです。しかし災害を引き起こす遠因となる人間の欲望とか利己的な人間活動のことを神の敵なる邪悪な者、すなわち「悪魔」の所業としています。そして自然災害への対策の半分以上の心の支えとして神との親しい関係だとか仲間のクリスチャンと助け合うなどとも書いてます。

助け合うのはご近所や家族であってクリスチャンとは限りません。馬脚を現しました。この後この本は聖書の引用に終始します(ー_ー)

まあ、この手の宗教的話題は我が母校の後輩で神学者の三宅善信氏が書いた『主幹の主観』 を見れば大方わかります。さしずめ天罰は「都市と伝染病と宗教の三角関係」でしょう。そして宗教の発展要素は伝道者次第「スーパースプレッダーがいればこそ」とか「スカーフ論争に見る政教分離」を見ればこの冊子を配ってきた「エホバの証人」がヨーロッパでカルト指定されていることもわかります。

「やはり宗教は~」と思われた方はクリックしてくださいね~
関連記事

[2012/03/11 00:09] 時事ネタ | トラックバック(-) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する



[PR]?u???O?J?E???^?[ ????/a>