2009-11

蛇穴

今日はひさしぶりに岐阜県内の峠漁りに出かけた。この季節なので山道峠を攻めた。結果はゲット1と空振り1つ(ToT)

空振りなのは林道を越えたせいだ。ハンディGPSに対象地域の詳細地図をアップロードしていけばどこを走っているか把握できるのに、峠部分の地図しか持っていかなかった。それで地元の人に林道を教えてもらって越えられたと思って帰ってきた。

地図に出ていない林道を走れた。嬉しいなあと思い、ルートログをカシミールに落としてみてビックリ。峠に到達してないじゃん(ー_ー)


ちなみにこの峠は「けらとうげ」と言って、気良は宇治川の先陣争いで名をはせた名馬擦墨(するすみ)の故郷なのだ。また気良峠は最近読んだ本によると鎌倉街道だったらしい。

またゲットできた方の山道峠の麓にはこんな洞穴があった。


なんでも岐阜県の名水50選のひとつだそうで、その名も「蛇穴」という。

ふりがなを見てぶっとんだ。


「じゃあな」
まるで挨拶だ!
この手のものは群馬県の下仁田の近くにあった「南蛇井」に似てる。上信電鉄の電車のなかで
「次はなんじゃい。なんじゃい。」
車内アナウンスには思わず笑っちゃったからね(^^;)


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コメント

じゃあな!ですか…。 確かに挨拶ですね。
私が気に止めたのが、気良峠が鎌倉街道だったという事です。
そのズット西の大洞峠が鎌倉街道と、峠コレクションにありますが、なら、大洞と気良の間の「伊妙峠」も、おそらく 鎌倉街道ではないかと・・・。

字違いの「伊佐峠」は別でゲットしておられますね。
(・・・って、暗に「やって!」って言ってるのかな?  いや、別に 鎌倉街道にこだわる必要は無いんですがね。)

明宝村史

ソッシイさんがやっと釣れました。
じつは私ゃ他の方が釣れると思っていただけに意外です(^^;)

最近読んだ本というのは「峠の歴史学」服部英雄著です。そこに越前から油坂峠・白鳥・母袋から寒水・気良・奥長尾・日出雲・馬瀬という鎌倉街道のルートがあったと書かれていました。また明宝村史によると鎌倉街道のルートは大洞峠−寒水−伊妙峠−気良−三ツ石峠−奥長尾−日出雲−馬瀬らしいのです。

この三ツ石峠が今回越えた峠である可能性もありますからいちど明宝村史を調べてみる必要がありますね。

三ツ石峠・母袋峠

早速、県図書へ行こうと思ったら休館日でした。仕方がないので岐阜市立図書館にもあることを確認して行ってきました。

明宝村史には地図までバッチリ載ってました。
そう、このまえ越えたのは三ツ石峠でしかも鎌倉街道でした。その延長線上に伊妙峠もあるし、伊妙峠から真っ直ぐ西へ行くと母袋へ行けます。そしてそこにあるのが母袋峠とまで図示してあります。

やったやった\(^o^)/

鎌倉街道・・・

ある程度、認識はしてたんですが、ホントに昔って、
「川に沿って」・・・というのが多くもないんですね。
この鎌倉街道も、ホトンド東西に一直線です。
そのうえで、現下呂市にも「鎌倉へ続く道」があったのには驚きです。

道の造りも変化します

昔の道は平野なら出水字に冠水が少ない微高地。山間なら雨水による崩壊が少ない稜線上とかの道が多いです。「川に沿って」なんか、すぐ崖崩れの餌食です。土木技術の低い昔ほど水の影響はバカになりませんよね。

また軍道というのは一直線が多いようです。信玄棒道しかり、東山道しかり。都などから支配地にできるだけ早く軍を送り込むという目的からです。また鎌倉街道は「いざ鎌倉」というときに御家人がいちはやく駆けつけられるために直線になっていました。それが屈曲や枡形ができてくるのは戦国時代。下克上の世の中、いつ攻め込まれるかわからない時代には道も防御主体にせざるを得なかったいうわけです。

現下呂市というと初矢峠ですね。

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窓際銀行員・峠おやじの「ぼやき日誌」。自転車で弐千峠を達成した不良中年。

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