本日NHKの朝ドラ
「ひよっこ」
からの話題です。

先週から始まった奥茨城の話、第一週は東京オリンピックの工事に出稼ぎに行ってる父(沢村一樹)が稲刈りのために帰省。また東京へ戻っていきました。

そして第二週の今週、その父が突然失踪してしまいました。それに気が付いた妻(木村佳乃)が東京へ出かけます。手がかりがつかめないまま東京の警察に届けを出します。

受付の警官は
「見つからないかもしれないよ。出稼ぎ労働者はいっぱいいるからね。」
うんざりしている感満載の対応です。そして決まり事にのっとって住所氏名を聞きます。
いばらぎけん、おく・・・の」

ここで、それまでずっと下を向いていた妻が突然言い返します。
「『いばらき』です。いばらきけん、おくいばらきむら・・・」

田舎と小バカにした警察官に対する怒りと、しっかり探してくれとの想いを込めた必死のセリフでした。

私もハッとしました。
赤城山が「あかぎやま」なので茨城県も「いばらぎけん」と読んじゃってました。

城はふつう「しろ」とか「じょう」と読みます。これを「き」と読むケースは、西南戦争のとき熊本城を守った指揮官・谷干城(たにたてき)です。また我が岐阜市の北部に城田寺(きだいじ)という地名があります。

ちなみに大阪にある茨木市。こちらも実は「いばらき」です。あらためて調べなおして確かめました。

ほんと汗顔の至りです(-_-;)

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[2017/04/14 13:25] 旅行 | TB(0) | CM(2)

奈良井宿へ車でのアクセスです。

今は中央道伊那インターから権兵衛トンネルを通って行くのが一番簡単です。でも西からは高速代がよけいにかかりますし、木曾谷を楽しめば良いので中津川インターで下りました。

土曜日午前中だったからか少しインター渋滞になってました。ビックリです。木曽へ行く国道も混んでました。しかし馬籠や妻籠付近を過ぎると順調に流れるようになりました。

藪原から鳥居トンネルを抜け、奈良井で最初の橋を渡ったところに有料駐車場があります。SLの展示してある所です。ここなら宿場の核心部にポンと出られます。



ただ駐車場が狭いので日によってはWCの奥の方に誘導されることがあります。4度目のときでした。少し離れたところらしいので、私たちは反対に川の下流方向へ向かいました。すると今回も入れた道の駅の駐車場があります。錦帯橋のような大きな木橋で対岸と結ばれています。



ここなら全く問題なし。観光バスが入るような駐車場もあるので余裕のよっちゃんです。

肝心の宿場へはJR中央本線のガード下を潜っていきます。「八幡沢橋りょう」と書いてありました。隣に水路が流れています。ここが頭すれすれの面白いところでした。



ガードを潜ると奈良井駅の隣に出られます。ちょうど宿場の入り口にあたります。中心部からはちょっとずれているので200mくらい歩くと核心部に入っていきます。

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[2016/09/17 21:33] 旅行 | TB(0) | CM(0)

熊川宿は福井県若狭町にある旧鯖街道の宿場町です(マビオン地図2.5万地図
峠漁りの行き帰りに横目で確認していたので、存在は知ってましたが、散策したのは初めてです。



小浜グルメ旅行の帰りです。道路脇にある水路に水車式の皮むき器が設置されてました。
このなかに収穫した里芋などを土付きのまま入れておくと、
水車が回り、中で皮が剥けてきれいになってしまう優れモノです。



さらに神社の鳥居横にこんな灯籠が立ててありました。
なんと時計が組み込んでありました。



それぞれの建物はそんなに凄くはないのですが、山中の宿場としては規模は大きいと思います。



さらにビックリしたのは、この宿で一番大きい家が伊藤忠商事の社長の実家だったことです。

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[2015/11/18 00:00] 旅行 | TB(0) | CM(0)

四国、徳島でのこと。
夜、道の駅に向かってキャンピングカーを走らせていたら、
山の中腹に複雑なイルミネーションが輝いているのが見えた。



遠目からの印象はスキー場のコースがライトアップされているように思えた。
しかし平地の一角に屹立した山の中腹に見えるのでスキー場ではあるまい。
フラッシュが届く距離でもないからきちんと写るかどうかわからないけれど、ズームして撮ってみた。
片方は龍の頭のようである。もう片方は鳥と牛なのか?よくわからない。



調べてみると徳島は世界有数のLEDメーカーが立地するため「LED王国・徳島」を目指して取り組んでいて、
私が見たのはその専業メーカー・日亜化学工業(株)が設置した「夜青龍(よるしょうりゅう)」らしい。
本社南側の西方山に設置された、巨大な青い龍のLEDイルミネーションで、毎夜18時~22時い光り輝いているとのことである。

偶然見られて良かったわ。

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[2015/11/12 00:00] 旅行 | TB(0) | CM(0)

先月の四国行き、色んな動物が道路に出て来ました。

星越(星越トンネルの旧道)
旧道を行くと猿がいました。



四つ足峠
峠の下りで立派な角を持ったシカが国道上に飛び出し、走って反対側の崖に駆け去りました。四つ足でね(^^;)



矢筈峠
峠の下りで子供のカモシカが出現しました。モコモコで可愛かったです。カメラを取り出す間もなく逃げ去りました。

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[2015/11/11 00:20] 旅行 | TB(0) | CM(0)

徳島県美馬市脇町は吉野川北岸にあって撫養街道と讃岐への街道が交差する交通の要衝で、舟運の利用にも適している。

そのため室町時代から脇城の城下町として始まり、江戸時代に藍の集散地として発展した。現在は明治時代頃のものを中心として江戸中期~昭和初期の85棟の伝統的建造物が建ち並んでおり、近世・近代の景観がそのまま残されている。



上の写真は桝形の夜と朝。桝形とはクランク状に曲げた場所や構造物で、敵の進軍を鈍らせるためのもの。江戸時代以前の街道やお城に付き物の設備である。手前の建物にはうだつが上がっている。

下の写真もここの代表的な町並みで、うだつの上がった建物が並んでいる。



そして、ここ脇町の凄いところは、古い建物を土産物屋や飲食店にするのは当たり前、さらに図書館や道の駅にまで転用していることである。もちろん薄暗いライトアップも含めてね。

下の写真、1・2枚目は2階に虫籠窓(むしこまど、格子が虫籠のように見える)がある建物。喫茶・雑貨・産直店に転用されている。3枚目は明治4年の郵便創始期の書状集箱(ポスト)と同じ形のもの。今も現役とのこと。4・5枚目は農業倉庫・脇町図書館として転用されている旧武田呉服店。6枚目は道の駅に転用された蔵。



冒頭でも紹介したように吉野川の舟運を利用して集散地として発展したわけで、その名残が下の写真である。うだつの町並みまでの道が段々になっている。つまり小規模な河岸段丘もしくは自然堤防のような地形に発達した町ということになろう。

こういう高低差などブラタモリによく出てくるフレーズだよね(^^ゞ





農業倉庫の壁にあった案内板(画像をクリックすると大きな画像が見られます)である。

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[2015/11/09 00:00] 旅行 | TB(0) | CM(0)

さくっと「うだつの町」レポートをしたいところですが、写真が膨大にあるのと徳島県の話なので、順を追って、その玄関口「明石海峡大橋」を先にします。

先月、四国へ峠漁りに行きました。今回は淡路島経由です。ここはその玄関口・明石海峡大橋を渡ったところにある淡路ハイウェイオアシスです。淡路島に行ったときのレポートのように神戸や明石の街が手が届くくらい近いです。先回はリーフで昼間通りましたが、今回はネオユーロでP泊しました。夜景がメッチャきれいです。



そして翌朝。ビックリポンなくらい人がいます。さすが日曜日です。

明石海峡大橋を同じアングルで写してみました。先回より天気もいいし、空気も澄んでいるのできれいです。



明石海峡大橋の石碑に変なものがかぶってしまいました。ゆるキャラの「わたるくん」です。「イエロー」・「ピンク」・「グリーン」の3体あるそうです。3ルートあるから3体なのでしょう(^^;)



駐車場からのショットです。夜景と朝。

日曜日はオートバイのツーリング族で埋め尽くされますね。

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[2015/11/07 08:45] 旅行 | TB(0) | CM(2)

とにかく泊まれれば良いくらいの気持ちで行って驚いた。道の駅周辺が真っ暗。看板は見つけたけれど、暗いので入り口を通り過ぎてしまった。駐車場も真っ暗。点々と仄かな明かりが点いているだけ。見える?私のキャンピングカーを写したんだけど(--;) スマホで撮ってもこの暗さ。駐車場内は本当に暗かった。



駐車場にとめたお客がライトを持って散歩に行ったので私もスマホのライトを頼りに散歩に行ってみた。暗くて階段で転けそうになったから。



そして道の駅「藍ランドうだつ」から「うだつの町並み」へ行こうとして驚いた。日曜の夜なのにもの凄く暗い。向こうに見える通りが辛うじて少しだけ明るい。その通りへ出て、また驚いた。本当に「うだつ」の町だわ。



電灯色で町並みがライトアップされている。暗くはない。しかし派手さもない。これは凄い。岐阜のうだつの町・美濃市なんか目じゃないくらい町の雰囲気が統一されている。これは翌朝もう少し探索してみなくては・・・続く。

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[2015/11/05 00:00] 旅行 | TB(0) | CM(0)

鞆の浦はポニョのモチベーションになった所だといわれています。どの辺がどうとかはわかりません。坂道の感覚からはむしろ尾道の方がふさわしいような気もします。

しかしロケといえば、ドラマ「流星ワゴン」のロケで有名です。



主人公の実家がある町。父親に叱られたときの逃げ場所は港にある常夜灯でした。流星ワゴンが決まって到着する場所です。ホテルからも見えました。実際に中にも入れます。日本一高い常夜灯とのことです。




そして主人公の実家の門もお隣のレストランの洋館もちゃんとあります。門には「永田」という表札や「丸忠総業」の看板もかかっています。ドラマの主人公の名字も永田ですし、親父の名前も忠さんでしたわ。




あと銀行の建物は町中の狭いメインストリートにありました。しまなみ信金鞆支店でした。

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[2015/10/30 13:51] 旅行 | TB(0) | CM(0)

長良川温泉の続きです。「手湯」があるならもっと一般的な「足湯」もありそうなものですね。
ありますよ。ちょっと変わった形で。ホテル石金の隣、路地のような場所です。
なんだこれは、陸に上がった舟ではあーりませんか。



そう、川舟の中にお温を満たして足湯にしているのですね。目の前の川で鵜飼が行われますから鵜舟を連想させます。グッドアイデアです。長良川温泉の泉質、鉄の色(赤茶色)が出ても木の舟なら元々が茶色ですから、大した変色もしません。舟のへりに腰掛けると足湯にピッタリのナイスサイズです。

ということで、先週の鵜飼ミュージアムの帰りに家族で入ってきました。ぬくぬくと暖かく5分も入っているとポカポカして暑いくらいです。

それで味をしめ、先週末の歓送迎会(by保養所)に行く途中で足湯に入ってみました。一緒に入った同僚も喜んでいました。帰りにまた入ろうとしたら、お湯が抜いてありました。さすがに20時過ぎは管理上無理があるようです。

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[2015/10/15 00:43] 旅行 | TB(0) | CM(3)

長良川温泉は三田洞神仏温泉(鉄冷鉱泉)から引湯している温泉です。

岐阜グランドホテル、鵜匠の家すぎやま、うちの保養所、長良川観光ホテル石金?など三田洞側にある長良川北岸は言うにおよばず、川の南岸にある十八楼やホテルパークみなと館にも引かれています。

その十八楼の玄関横には珍しい「手湯」があります。



壁には温泉の分析表まで掲示してあって本格的です。



冬場に手が冷たいときなど、ありがたいですが、そのまま歩くと、かえって冷えますから良し悪しです💧
横にベンチも作られているので、ほっこりするスポットになっています。



それから「手湯」の看板に英語も書いてあります。「手湯」の英訳のようです。翻訳サイトで「手湯」を英訳すると「Hand hot water」と出ました。そのままですね。ここのは意訳でしょうか? でもこちらの方が温泉としては直感的でわかりやすいです。一番上の写真をクリックすると拡大写真が出ます。

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[2015/10/14 11:16] 旅行 | TB(0) | CM(0)

おのみち歴史博物館
映画資料館のすぐ近くにあったので行きました。旧尾道銀行本店だった建物を流用してます。ですから館内に金庫があるのが特徴です。大昔の大金庫でした。こんなスタイルのものは初めてです。銀行員は必見です。



ここも千光寺ロープウェイのチケットで割引になります。年に2回の特別展「知られざる尾道仏教美術-よみがえる仏像」をやってました。ご尊顔がふくよかな仏さまばかりでした。私は丸顔の仏さまには興味ありません。ご利益頼みが見え見え、かつ金集めの手段と化しているようで嫌です。だから無視でした。

千光寺ロープウェイ
尾道も最終です。山頂駅に駐車してあるリーフを回収する(各施設の割引を受ける)ために千光寺ロープウェイに乗りました。チケットを購入済みだったので、大きな顔をして階段を上っていったら、降車専用口でした(^^ゞ
もちろん問題なく乗り込みました・・・



天気が良かったので景色も抜群に見えました。ネーミングの元となった千光寺は山下りの途中で参拝しました。刻の鐘「驚音楼」とか柳原百蓮の歌や芭蕉の句碑があったこと(尾道、文学のこみち)、また境内にある大岩の横を通っていくロープウェイとかなかなかのロケーションでした。ですからロープウェイであっと言う間に通り過ぎても何の問題もありません。



山頂駅から駐車場までの間でもう一度展望台に上がりました。そして目を付けていたソフトクリームを展望台カフェで食べました。ここのメニューは店内で食べると倍になります。テイクオフして展望台で食べるなら250円、店内だと500円です。完全なショバ代です。折角だから500円出しました。



朝ここへ来たときも駐車場代の特典割引として、もう一軒ある山頂茶店のソフトクリームを食べました。瀬戸内みかんソフトとさくらソフトです。けっこう歩きまわりましたが、それ以上に食べてますわ。

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[2015/10/13 00:01] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ちょっと中断していた尾道の話題です。

尾道は坂があって見栄えの良い景色があるせいか、映画などのロケがよく行われます。古典的なもので有名なのが小津安二郎監督の「東京物語」ですね。



尾道在住の老夫婦(笠智衆、東山千栄子)が東京で暮らす子供たちに会いに行きます。しかし忙しい子供達(山村聡、杉村春子)は自分の商売や家族のことにかまけて老親を邪魔者扱いにするだけ。一番親身になって世話してくれたのが亡くなった息子の嫁(原節子)。そんな現状がわかって両親は寂しく尾道へ帰ります。しかし母親は体調を崩し急死してしまいます。お葬式のあと、笠智衆と原節子がお寺の境内でしみじみするシーン。境内の向こうには尾道水道という図がとっても良かったです。



小津安二郎監督は志賀直哉に傾倒していたこともあり、尾道ロケがやりたかったそうです。そんなこともあって「東京物語」では尾道がふんだんに出てきます。そんな尾道におのみち映画資料館がありました。



邦画中心とはいえ内外の映画パンフレットなどがたくさんありました。しかし当然メインは小津安二郎監督です。シアターで流されていたものは「小津安二郎監督の足跡」みたいな映画でした。そしてデジタルリマスター版でも見た「秋刀魚の味」若き日の岩下志摩がとてもきれいでした。



ほかにも「新藤兼人の世界」コーナーでは「裸の島」の写真などもあってなかなか楽しかったです。



最近は尾道の映画というと大林宣彦監督らしいですが、古い時代の展示が多くて嬉しかったです。

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[2015/10/10 00:01] 旅行 | TB(0) | CM(8)

次に志賀直哉の旧居です。中年のご婦人が管理人をされてました。
お客によって色々パターンを変えた解説や声かけをされていて、文学記念室と同じように話し好きの人のようです。



志賀直哉が尾道へ来た理由からお話しされ、「清兵衛」の話から、「暗夜行路」尾道の部分を読み上げ、旧宅から見た尾道水道の夕景が見事に描写されているとのことでした。文学のこみちにあった石碑にもありました。



『六時になると上の千光寺で刻の鐘をつく。ごーんとなると 直ぐゴーンと反響が一つ、又一つ、又一つ、それが遠くから帰ってくる。其頃から昼間は向島の山と山との間に一寸顔を見せている百貫島の燈台が光り出す。それはピカリと光って又消える。造船所の銅を溶かしたような火が水に映り出す。(暗夜行路より)』

とにかく風景描写にかけては右に出る者がないほどの文章力だと漱石や龍之介に言わしめるものがあったそうです。



志賀直哉、唯一の長編「暗夜行路」
物語の設定は山崎豊子の「華麗なる一族」のように、父となさぬ仲である主人公に出生の秘密(祖父と母の子)があったことです。こういう血の呪いは推理小説などでお馴染みになりすぎて、今では驚きもしません。しかし、20歳頃に読むと、やはり衝撃でした。また、それ以上に風景描写にやられました。舞台装置やBGMが物語になってしまう。それだけ文章がビジュアルなのでしょう。



「暗夜行路」のラストは反対に大山から見た夜明けの風景描写です。

『中の海の彼方から海へ突出した連山の頂きが色づくと、美保の関の白い灯台も陽を受け、はっきりと浮び出した。間もなく、中の海の大根島にも陽が当たり、それが(赤魚覃)の伏せたように平たく、大きく見えた。村々の電燈は消え、その代わりに白い烟が所々に見え始めた。然し麓の村は未だ山の陰で、遠い所より却って暗く、沈んでいた。謙作は不図、今見ている景色に、自分のいるこの大山がはっきりと影を映している事に気がついた。影の輪郭が中の海から陸へ上がって来ると、米子の町が急に明るく見えだしたので初めて気付いたが、それは停止する事なく、恰度地引網のように手繰られて来た。地を嘗めて過ぎる雲の影にも似ていた。中国一の高山で、輪郭に張切った強い線を持つこの山の影を、その儘、平地に眺められるのを希有の事とし、それから謙作は或る感動を受けた。』



こちらは夜明けなのでもっと出色です。私だって漂泊の人ですから、よくわかります(^^ゞ
こういう心象旅というか、インナートリップのようでいて、リアルな風景描写はとてもいいですね。

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[2015/10/05 00:00] 旅行 | TB(0) | CM(4)

いよいよ尾道文学の館です。
はじめは中村憲吉終焉の家。誰も住んでいませんが、外から見られるようになってました。
アララギ派の歌人だそうですが、私ゃよく知りません。



次に林芙美子をメインに展示してある「文学記念室」です。放浪記の石碑とか案内板がお出迎えです。建物は登録有形文化財、由緒ある建物を使用しているらしく、展望の良い家でした。



ここへ入るのは有料です。ロープウェイの片道切符がものを言いました。
「この印籠が目に入らぬか」
じゃなくて
「この切符が」ですね。
ふたりで600円が480円になりました。小銭で払うと感謝されました。坂の中腹なのでおつりが足りなくなるそうです。老夫婦?が管理人をされてまして、親切に解説をしてくださいました。



入り口付近には高垣眸(たかがき ひとみ)関連の展示がありました。そういえば庭の石碑にこんなものが・・・



「怪傑黒頭巾」とか「月形半平太」「ジャガーの眼」とか「宇宙戦艦ヤマト」まで企画されてたそうですよ。



また横山美智子の作品も展示してありましたし、中村憲吉関係の展示もありました。



最後にメインの林芙美子関連の展示です。本人写真、書斎を再現したもの、色紙、草稿のコピー、遺品類です。



私ゃ、文学部ではないので、林芙美子に思い入れはありません。一般常識程度の知識しかありませんので悪しからず。

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[2015/10/04 00:00] 旅行 | TB(0) | CM(2)


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